幹細胞移植治療って実際どうなの??
今回は、競走馬の宿命とも言える『屈腱炎』や『繋靱帯炎』の救世主として注目を浴びた、『幹細胞移植治療』について解説していきます。
牧場に勤務していた時に、計4回の幹細胞移植治療に立ち会っていますが、
効いているか効いていないか、解剖してみないと分からない
という、微妙な結論に至っています。
というのも、幹細胞移植治療を行ったとしても、腱や靱帯が修復するまでの時間が短くなるわけではないですし、エコー検査では自然治癒による修復なのか、治療の効果によるものなのかが分からないのが現状です。
この記事では、なぜ治療による効果が目に見えにくいのか、なぜエコー検査より精密な検査を行わないのかについて、以下の目次に沿って詳しく説明していきます。
腱や靱帯の炎症と幹細胞移植治療
まず、幹細胞移植治療をより理解するためには、屈腱炎や繋靱帯炎について知らなければなりません。
屈腱炎や繋靱帯炎はサラブレッドの背負った宿命であり、多くの馬たちがその宿命の前に散っていきました。
『不治の病』と言われる屈腱炎や繋靱帯炎とは、どのような症状なのでしょうか。
『不治の病』
屈腱炎や繋靱帯炎は、過度な負荷や慢性的な負荷が掛かることで、屈腱や繋靱帯が炎症を起こすことで発症する病気ですが、炎症部位には出血を伴います。
よく耳にする「○○%の損傷」というのは、その出血した範囲が腱(靱帯)のどれだけを占めているかを表しています。
ただ、その範囲は下記の画像のとおり、直径に対しての損傷範囲なので、同じパーセンテージでも損傷の具合は馬によって異なります。
この損傷は、時間経過とともに炎症が治まると、次第に修復していきますが、人間でいうケロイドのように、周囲の組織とは異なる構造の組織で埋められます。
しかし、損傷部位を埋めた組織は、周囲の腱(靱帯)組織と違い運動による伸縮に対応できず、結果的に同じ箇所に炎症を再発するか、他部位に負担が掛かって新たな損傷を引き起こします。
これが、屈腱炎や繋靱帯炎の再発率の高さと『不治の病』と呼ばれる原因です。
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幹細胞移植治療
幹細胞移植治療は、この損傷部位が他の組織で修復される前に、自身の細胞から培養した幹細胞を注入することで、周りの腱(靱帯)組織により近い組織での修復を試みる治療法です。
普通に療養するときと変わらず、炎症が治まり、損傷部位が修復される期間が必要なので、復帰にかかる時間は変わりありません。
そして、周囲と同じ組織で埋められたかどうかは、解剖してみないと確認ができないので、この治療法の効果によって復活できたのか、はたまた自然治癒の範囲なのか、明確な判断ができないのが現状です。
精密な検査によるリスク
屈腱炎や繋靱帯炎の状態を検査する主な手段は『エコー検査』です。
簡易的な機器と立ったまま検査することができる反面、精密さには欠けます。
先ほども紹介した通り、自然治癒によって損傷部位が埋まったのか、はたまた幹細胞移植によって埋まったのかを見分けることはできません。
では、せっかく費用を掛けて治療をしたものを、なぜ曖昧な成果で甘んじているのでしょうか。
それは単純にリスクが大きいからです。
馬が精密検査を行う際は、一般的に以下の手順を踏みます。
この一連の流れの内、全身麻酔からの覚醒時がとても危険です。
脚がおぼつかないままに、立ち上がったり暴れようとするため、擦り傷は当たり前、下手をすると検査に来たのに骨折してしまう、という事態に陥ります。
そのため、基本的には腸捻転などによる開腹手術が必要な時など、生命の危機にかかわる場合を除いては選択されない方法です。
あとは、解剖をして組織を直接見る方法がありますが、『解剖』すなわち『死』ですから、得るものよりも失うものの方が大きく、治療による成果のフィードバックすら得られない状況が続いています。
まだまだ研究途上の技術なので、今後さらなる進歩を遂げて、『不治の病』に打ち勝つ未来がくることを願っています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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